アンダンテ27

海岸に、打ち上げられたセメントをこねる大きなトレイにマジックで 「〇△健設」 と四隅に書かれていた。

まー、人間はそんなものです。

花壇を耕していると、かなり表面が腐食した丸いコイン出てきた。

古銭かなと思ったが、洗ってみると百円でした、使えるかな?

有馬温泉から六甲山へ4月21日に登山、登山口から五合目まで 「コバノミツバツツジ」 が個体数もかなり多く満開の花園、予想外の出来事に大満足。

下山後、真っ赤な 「金の湯」 で汗を流す、舐めてみるとかなりの塩味でした。

知らなかった、 「最初はグー、ジャンケンポイ」 は、ドリフターズの志村けんさんが8時だよ全員集合で使い始めた。

次からは、志村さんの偉大さを思い浮かべてがんばります。

商品棚の沢山の中からレトルトカレーでお気に入りは 「SBなっとくのカレー中辛」 です。 

無性にカレーが食べたい時に一袋の備蓄です。

最近見た映画からお勧めを2つ紹介。

まず 「WOOD JOB」 は我が三重県津市美杉町がロケ地で、爆笑と感動と衝撃の青春林業ドラマ・・・・

もう一つは 「春を背負って」 標高3000m、悠久の大自然に描かれる、家族の物語で、日本アルプスの画像が見ものです。

暫らくブログを休んだら、数人の知人のブログ訪問者から、私の健康を気遣うお便りでした。

ご心配おかけしました、まー元気です。

自慢話です、スターウオーズ全作を映画館で観てます。

新作が控えています、絶対に観に行くぞ。

今日の夕方、まさに「晴天の霹靂」でした。

雨の降る前に落雷するので油断しています、一番あぶないようです。

松阪はずれのガソリン・スタンド敷地に、いつも放し飼いの黒地に白模様の犬がまさにのっそりと立ってます。

たぶん客の方が気を使い入店しているのでしょ・・・ワンダフル。

                  HI SA BI SA

旧東海道 草津宿を闊歩

高速の利用では草津JCTのお世話になるが、今日はその町中を歩いてみる。

草津は、東海道と中山道が出会う宿場として多くの「ひと」や「もの」が行き交い、情報・文化の交流がありました。

現在では、滋賀県を代表する新たな活力と魅力を備えた都市として成長しつつあります。

昨年のJR草津線三雲駅から手原駅に続き、今回は手原駅から瀬田駅を歩きます。

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                   <  本日の行程 >

  JR手原駅 ~ 旧東海道西へ ~ 草津追分 ~ 草津本陣 ~ JR瀬田駅

 

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前回の東海道歩きはこの手原駅で終了でした、2回目の訪問です、今日は素晴らしい出会いが待っていそう・・・・

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駅前ロータリーのモニュメント、東経136度線が通る手原駅、それがどんな重大な意味なのかの知識が私にはありません。

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こんな旧東海道です、北に見える雪山でなのか風が寒い、ネックウオーマーを装着します。

すぐ近くに国道1号線が走るのに車の交通量が異常に多い、狭いので怖い。

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江戸から長崎に向かう途中の「 シーボルトさん 」が立ち寄ったお寺です。

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友人の話で、80歳になる母を車に乗せて資源ごみを出しに行ったところ、当番のダジャレ好きなおじさんが「その横の粗大ゴミは置いていかなくていいの?」

すると母は「生ゴミです」と切り替えした。

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ここが田楽発祥の地だそうです、何でも発祥地が有るんですね。

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ラジオのイヤホーンから「 山本富士子さん 」の歌が聞こえてきた、彼女も歌う女優だったんだ。

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草津市に入ります、四日市喘息の原因物質でもある大気汚染物質の微粒子が大陸から飛んできますが、なぜか午後2時から5時に飛来する、「 PM2.5 」ですからね・・・・・・

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本日のメイン、東海道と中仙道の分岐点「 追分 」です。

赤矢印はここから中仙道が始まる、黄矢印は東海道が左折する。

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中仙道の始めはトンネル、壁面には数箇所に時代絵が書かれている。

トンネルの上は旧草津川、昔は渡しか橋があったのでしょう。

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追分から直ぐに「 時の旅人 」・・・人が行き交う様子のようです・・・・・

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本日のメイン2の「 草津宿本陣 」当時の姿を残す全国で唯一の本陣。

江戸時代に大名・幕府役人などが休憩・宿泊した施設です。

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別棟に当時の浴室があり、覗くとお湯を炊くのでは無く汲み入れる様式です。

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ひな祭りも近いのでお雛様が並びます。

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大田酒造は日本酒「 道灌 」をなどを作る酒造会社。

江戸城を構築した武将「 大田道灌 」より三代目がここで酒造りを始めた。

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ここから西へ4Km行くと琵琶湖。

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国道1号線を渡ります。

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犬・猿などはシツケのご褒美に餌を与えるが、永久に同じもので良いが。

人間はどうか?ある目標を達成するのにご褒美は同じものは3日で飽きる、ご褒美を変えるとやる気が回復する。

貴方の奥さんのシツケはこの要領で成功まちがいなし。

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探偵ナイトスクープ依頼者の父は娘と上戸彩さんを比べると娘の方がかわいいと言う。

どうなのか調査して欲しい、街角結果は132対9票でぼろ負け、でも彼女相手に9票も取った、私は娘の勝ちと思うのですが、どうですか?

その娘は、1票取ったら勝ちと思っていた・・・・・

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JR瀬田駅まであと少し、ここから東海道終点の京都三条大橋までは20km。

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一里塚を右折して本日終着の瀬田駅に向かいます、次回はここから始まる予定。

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草津市は滋賀県の南東部に位置する湖南地域の中核都市。

古来より東海道と中山道の宿場町として薫り高い歴史と街道文化を有してきました。

美しい琵琶湖と豊かな自然に恵まれた、ゆったりと潤いのあるまちです。

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帰りの車窓からの近江富士です、家から出ると珍しいこと・興味のあること・楽しいことが待ってます。

貴方の「 ブルーアースのひだまり 」は今回で400回になります。

たいへんお世話になった、このブログは今回で一休みをさせて頂きます。

                  D A I S U K I

東風吹かば・・ 北野天満宮

北野天満宮は学問の神様として親しまれている「 菅原道真公 」(天神様)をおまつりした神社です。

「東風吹かば 匂いおこせよ梅の花 主なしとて春は忘れそ」の御歌、そして神社の神紋は梅鉢紋にも代表されるように梅と天神様の関係は大変深い。

境内には、約50種・約1500本の梅が咲きそろうと、ふくよかな香りが漂います。

京で梅の花と香りを一手に引き受ける?天神様に会いに行ってきました・・・・

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まずは、京都駅から地下鉄で今出川駅まで、最近京都にも地下鉄が有るのを知りました。

今出川駅裏の茶色の建物は、昨年NHKで騒がれた「 八重さんの同志社大 」です。

                  < 今日の行程 >

  西陣織会館 ~ 市考古資料館 ~ 大報恩寺 ~ 上七軒交差点

       ~ 上七軒歌舞練場 ~ 北野天満宮 ~ 一条戻橋 ~ 晴明神社

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西陣織会館に入るとちょうど「 きものショー 」の上演、季節に合わせた華やかな和服、着付け・着こなし・笑顔に私は一歩前に・・・・・

上演時間は日に7回も催しされている。

産地直売のお買い得価格のきもの・帯・ネクタイなど、広い2階には西陣織ショップ。

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彼女の説明に私は一歩前に・・・「 手書き京友禅 」の実演、撮影の許可を得て、すると顔を伏せてしまっての一コマです。

京都の日本伝統美、根気のいる仕事・・・・

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日本史の舞台、京都考古資料館。

先史の産声、古代のモニュメント、応仁の乱、千年の都平安京、本能寺の変、・・・・土の中からよみがえって京都がここにある。

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「 今出川通り 」を西に進む・・・・

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応仁の乱でも焼失しなかった京都最古の国宝建造物の「 大報恩寺 」は見所が豊富。

本堂造営の際に棟梁・高次が柱の寸法を切り誤って苦慮しているのを妻・おかめが「いっそ”ますぐみ”をほどこせば・・・」と提案し、この着想が成功した「おかめ物語」として伝承されている。

赤色囲みが「ますぐみ」です。

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棟梁の大任を妻・おかめの提言でなしえた事が、世間に漏れるのを恐れおかめは自害した。

今から800年前、女性が男の仕事に口出しするなどありえなかった・・・・・

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柱の上、2つの白丸は応仁の乱にできた「刀槍のきずあと」だそうです。

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北野天満宮門前町に「 上七軒歌舞練場 」の庭園です。

お昼時、門前町のお食事処はどこも道にまで並ぶほどの行列です。

なんとも不思議な上七軒交差点は六叉路、車の流れを見ていると飽きません・・・・

                         

ところで皆さん、私の妻は「ほめ上手」です。

  31歳の妻が入院したので、5歳の娘と夕食を作った。

  上手に出来たので妻にシャメールをした。

  「あら美味しそう、これかれもよろしくね」とほめられた・・・・

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紅梅白梅の美しい花弁を一重・八重と咲き誇る風情は独特の趣がある「北野天満宮」に到着、今日は道真公の命日で「梅花祭」。

骨董市テントが境内の道を二重に陣取る、余りのガラクタの面白さに一歩前に。

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こんな物が、「マニ車」珍しいので回してみました、5千円位でした。

                         

ところで皆さん、ちょっと一服。

  旅行中のオヤジの携帯電話が突然鳴った。

  そのオヤジが「何でや、おれの旅行先が良くわかったな」・・・・・

ちょっと難しいかな、わかりますかね?

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境内の甘味名物。

行列につられて入ってみました、緑茶付きで500円、サッパリ形のお味・・・・・

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梅はまだ「3分咲き」と有料梅林に表示、正直なのが好感Upです。

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梅園西側を流れる、かつての紙漉き場であった紙屋川沿いに1591年豊臣太閤が洛中洛外の防衛線と水防ために築いた土塁「 御土居・おどい 」の一部が残る。

地図の赤い線が都を土塁で囲む、こんなの京都に有るのここで知りました。

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実物の御土居の大きさです、人物と比べると結構な高さです。

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門前町の豆腐屋さんに行列、聞くと美味しいそうです。

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堀川にかかる、死者がよみがえった伝説に由来する「 一条戻橋 」です、黄色囲みの川の上流に架かっている橋です。

由来のオドロオドロの不思議さに一歩後ろに・・・・

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かつて出征する兵士が無事に帰還できるように渡ったり、葬式や婚礼の一行が今でも渡るのを避けている。

京都には東西に一条から十条の道が通るが、ここの一条戻橋がその始めの一条の道です。

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天文暦学の道を深く極め、神道を思いのままに操る霊術を身につけた「 安部清明 」がまつられた「 清明神社 」、鳥居の印はセーマンです。

あれやこれやの盛り沢山の「一歩前へ」の京都をぶらり旅でした。

                    O K A M E

春を求めて楯ヶ崎へ

       山の幸、川の幸、海の幸、心の幸。

          伊勢路から熊野へ続く道は、人々の祈りと幸せを結ぶ路。

今日は紀勢自動車道で玉城ICより紀伊長島ICまで、まさかの45分の早さで・・・・

かねてから気になっていた 「 楯ヶ崎 」 に向かいます。

楯ヶ崎は高さ100m・周囲600mの柱状節理の大岩壁が熊野灘にそびえ立つ姿は迫力満点の大絶景です。

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                   < 今日の行程 >

   玉城IC ~ 紀伊長島IC ~ 尾鷲・熊野古道センター ~ 新鹿  

          ~ 楯ヶ崎 ~ 新鹿 ~ 尾鷲・中村山 ~ 夢古道 ~ 帰路 

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多気JCTから右は名古屋へ、もちろん我々は左の尾鷲方面にハンドルを切ります。

冬晴れで寒いですが今日一日は快晴が約束されています・・・・

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山岳地帯を走る高速、シールド工法などの発達でここもトンネルの連続、車が少ない紀勢道です。

新しいトンネルは排気ガスで汚れていなくて壁面はセメント色できれい・・・・

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先で紹介しましたが紀伊長島ICまで45分、難所の荷坂峠は高速ではスルーまさかの速さで高速のありがたさを痛感します。

尾鷲の立派な「 熊野古道センター 」で今日の情報収集します、的確なアドバイスはガイドさん自身が以前行った写真集での説明です。

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キメ細かい白い砂浜と蒼く透き通った遠浅の海「 快水浴場百選 」の新鹿集落を道標に従って進みます。

海岸線の集落の道は海が迫り、国道とは言え車が対向するのには狭すぎます。

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春を見つける! 梅の花からはほのかな香り「 太郎坂 」より岬には楯ヶ崎が望めます。

鶯が群れて梅に飛び交うが、そろそろ梅の花の便りが届きます、最近は入園料を取る梅園もありますが、なぜかいつもキップが売れ切れている。

なんと言っても完売(寒梅)ですから。

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養殖筏の並ぶ二木島港、ここは「海の幸」を育む熊野灘、最近マグロの養殖も盛んのようですがマグロの生簀は丸い形かな。

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国道脇の楯ヶ崎駐車場から緩やかな勾配の遊歩道を進むと、こんな海岸にも出会える。

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子鹿のような斑点模様が幹に現れることから名付けられた「鹿の子木・かごのぎ」が沢山生えています。 

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こんな感じの遊歩道です、約50分で楯ヶ崎に到着

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到着、まずはかなり広い「 千畳敷 」からの太平洋、わずかに水平線は湾曲しているように見える、地球は丸いかも。

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地磯からの寒グレ釣り?右の人が見難いですが竿を立てかけてます。

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遠景、千畳敷からの楯ヶ崎。

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近景、高さ100mですよ。

                         

最近、永眠された「 大滝詠一さん」の「君は天然色」の一節から

       思い出は モノクローム 色を 点けてくれ 

        もう一度 そばに来て はなやいで うるわしの

        Color Girl

もう一つ「幸せの結末」から

       髪をほどいた 君の仕草が 泣いているようで 胸が騒ぐよ

        振り返るのは 終わりにしよう 他の誰でもなく 今夜君は僕のもの

大滝さんの歌、噛み締めてイントロからメロディーを・・・・ちょっと鳥肌が。

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中央の人と大きさを較べて下さい、この写真は柱状節理の大きさを強調してます。

                          

私は金曜日9:30~9:55の夜はラジオが楽しみです。

NHK第一「 ココロの美容液 」精神科医・香山リカさんDJで同世代の女性たちに贈るトークと音楽の25分。

香山さんは現在も外来診察に立っている、黒ブチのメガネがかなりエロイ・・・・・

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柱状節理の表面に帽子を置いてみました。

柱状節理とは、マグマが冷える時に体積が収縮することにより等温面に直角に蜂の巣に似た六角形に近い角柱が生じる。

マグマが冷える時の形状は地球の磁場により決まるようです、ところが遠い遠い昔のある時期には柱状節理の形状から地球は南北が逆転していたという説もある。

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新しいワザです、楯ヶ崎をつまんで持ち上げています。

このワザ、気に入りました・・・・・

                          

地球の柱状節理の形状を決める磁場、では地球の引力について少し考えましょう?

リンゴの落下を見て「 万有引力 」を思いついたのは「 ニュートン 」だが、生家にあったリンゴから分けた苗木は1964年、東京の小石川植物園に贈られ現在も見られる。

私は冬の朝はふとんの引力から、なかなか脱出できない。

ところで、本当にニュートンがリンゴの落下を見たのかは照明されたいない。

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遊歩道の 「 備長炭 」 の生きている原木 「 ウバメガシ 」 の切り口です、炭になる前でも形は同じ。

                       

では前の流れから、「 リンゴ 」について少し考えましょう。

リンゴで最も有名なのは、旧約聖書でアダムとイブが食べたリンゴだろう、リンゴと言うのは後世の創作と見られている。

聖書の舞台になった当時の中東にリンゴがあったかは怪しい、イチジク・ブドウだとする説もある。

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楯ヶ崎のスケールの大きさに堪能して帰る途中にサバが遊歩道に落ちてました。

推理、私の頭の上は木が繁っています、と言う事は鳥が口ばしから落として木がおおているので取れに来れない?

                        

       < アウトブレイク >

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今日は大雪です、「雪だるま」がお似合い。

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イチゴシロップの代わりにイチゴジャムは絶妙。

                         

では、狭い道から尾鷲に戻ります。

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地元の民謡「尾鷲節」に出てくる標高50mの「中村山」に登ってみました。

ここの頂上には天文台、照明が少ないので尾鷲の夜空は星が綺麗・・・・

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中村山から尾鷲湾を見ています。

以前に中村山を平地にする計画が有りましたが、先の大津波の時にここに避難して沢山の人が救われたそうです、地震の再来に備えてこの計画は中止になったそうです。

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今日の閉めは、紀伊半島ではここだけの海洋深層水の「夢古道」のお風呂に浸ります。

「海洋深層水の湯は、早く温まり・冷めにくく保温と保湿が抜群です」のうたい文句ですが本当でした、温まりすぎて少しノボセタ感じ。

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体の中にも深層水を注入・・・・

間もなく全線開通前の高速を走って、熊野灘の大自然は波打ち際まで太平洋です。

絶対にお勧めです、楯ヶ崎の雄大を味わってください。

                          

時には荒々しく、時には穏やかに表情を変える熊野灘の情景は日々の喧騒を嘲笑うかのよう。

            N A K A M U R A Y A M A

古今の日本画を愛でる 日展・北斎展

寒い時期になれば 「日展」 を毎年思い出す私です。

久しぶりの「日展」と「ボストン美術館」へのダブルでの鑑賞に出かけます。

今日は「オ〇ム〇さん」とJR快速みえで空席の目立つ指定席で揺られます。

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最近大事故があった四日市工場群を車窓から見ながら名古屋に向かう、死者5人・けが12人の大惨事でした。

最近、ナイトクルーズに訪れたばかりなので気がかりです・・・・・

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名古屋駅より地下鉄で金山へ、開館の20分前に「名古屋ボストン美術館 北斎展」に到着。

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平日なので客はまだ来ていません、と言う事は開館一番乗りが狙える。

私は変なところに火がついてしまいました、ゲートにトップで並びます。

開館時間になると館長さん?短い挨拶があり入館します(毎日やっているんだ、ご苦労さん)。

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一番乗りでチケット売場に、当然私の前には誰も居ません。

私の人生はと言うと、いつもギリギリですが今日は胸を張って晴れの一番乗りです。

左の窓口へと進むと写真を撮っているのを見ていて最高の笑顔で接客をしてくれます。

軽く記念の3万人入場の話を振ると、それなりのサラリと返事です。

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これは会場前のポスターですが、さすが展示中の北斎さん本物の「赤富士の凱旋快晴」にはピタリ足が止まります。

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地元の滝も昔から有名だったんだ、「養老の滝」のレプリカを販売してます。

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やはり圧巻は「富嶽36景・赤富士の凱風快晴と大浪の神奈川沖浪裏」です。

江戸後期の浮世絵師で90歳で没するまでに役者絵・美人画・花鳥図・風景画などテーマに挑み続け、生涯を通してまさに「画の狂人」を貫く。

想像をはるかに超える圧巻の北斎、余りの繊細さに見入りかなり私は疲れる。

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次ぎへの移動、金山駅構内、今日は知立の大あん巻きの出店はなし残念。

大発見です、ホームに入場する時にキップを自動改札機へ裏向きで入れると必ず表向きで出てくる、どこの鉄道会社でも同じ不思議ですよ・・・・・

                          

ところで皆さん

最近、ローザンヌ国際バレエコンクールで優勝した二上治雄さん(高2)と6位入賞した加藤三希央さん(18才)は快挙です。

加藤三希央さんの父はあの「あずさ2号」を歌った「狩人」の兄・加藤久仁彦さん(57才)だそうです。

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ではこの機会に、「あずさ2号」について少し調べました・・・・

    「 特急あずさ2号 」  列車番号5052M  乗車時間3:19  

    乗り換えナシ  走行距離235.4Km  中央本線

    運賃3890円・指定席2620円・総額6510円  

    松本駅4番線6:08発~東京駅1番線9:27着

歌のように「8時ちょうどの」じゃなくて「6時8分ちょうどの」です。

知りました「あずさ2号」は現在も走っている事を。

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栄駅はいつも賑わっています。

                          

ところで皆さん

節分の日の夕方にいつものスーパーに行くと、なぜか駐車場が飽和状態、店内に入ると沢山の人・・・・

店内を歩くと「恵方巻き」が山と積まれていて人だかり、私は知らなかったこんなに盛り上がっているとは・・・・・

ちなみに恵方巻きは398円するらしい、残業の帰りに友人が100円で5本買っていた。

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水面も無風でおだやか、オアシス21の最上階。

                       

ところで皆さん、北野誠さんのラジオ番組「ズバリ」より・・・・

「大人の人生相談室」でリスナーとの会話。

  いろいろな相談の会話があってから

  北野 : そんなら夜の夫婦生活はどうなんや?

  リスナー : 7回いどんで2回断られて、週に5回です。

  北野 : わー 男の鏡や。

  そしてさらに相談が続きます。

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栄地下でラーメンで腹ごしらえし、日展会場に向かいます。

                       

ここへ来る途中、名古屋駅でJR職員さんに「日展」のパンフレットを置かれている場所を聞くと「日展とは何んですか?」 

えー、日展は皆さん知っていたと思っていたのですが説明のしようがなかった。

日展の正式名称では「日本美術展覧会」と後で知ったが、そう言っても多分更に理解してもらえなかったでしょう。

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日展東海展マスコットキャラクターの「ハニハニ」がハイ・ポーズです。

単純な表現ですが日本画・洋画の大きさとさらに迫力に圧倒されてヘトヘトに感動疲れした。

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日展会場の隣りのビルへ乱入、NHKへ逆取材に・・・・

天気予報の「寺尾直樹さん」がフロアーを歩いています、本物の寺尾さん。

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テレビ放送体験コーナー、子供達は上手なお喋り・・・・

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オアシス21の氷の無いスケート場、今の時間はフリータイムの呼び込み。

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喉の潤いを求めてスーパーに、珍しい「ザクロジュース」購入、ポリフェノール補充、飲んでみるとあのザクロ味が感じられません。

日展・北斎展と新旧のニッポン美術三昧の一日でした、楽しかったです。

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一日明けて私のお世話に成っているスクールの新年会に7人の参加。

会場は、伊勢市村松町の食のアート 「 食遊人 」 、海の幸尽くし・・・・

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次から次へ焼きたての干物が出てくる、その夜喉が渇いてお茶を何杯も飲んでしまう。

週一で会う皆さんですが、こんなに打ち解けて話すのは初めて、知らない意外な側面を見れました。

                  H O K U S A I

も少し知りたいな、甚七郎の散歩道

三重の伊賀上野の街中を歩く 「 甚七郎の散歩道 」 とは芭蕉翁の幼名「甚七郎」にちなんで名づけられたウオーキングコース

上野の城下町に今もまだ多く残る文化遺産や、芭蕉さんゆかりの地を歩いて楽しめるコースです。

碁盤の目のような城下町は南北に3本の大通りがあり商店街が連なり武家屋敷や古い町屋が古今の温かい生活感が漂っている。

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                   < 今日の行程 > 

 伊賀上野駅 ~ 上野市駅 ~ 白鳳門 ~ 堀の道 ~ 旧小田小学校本館 

 ~  竹の道 ~ 鍵屋の辻 ~ 数馬茶屋 ~ 平井くみひも館 

 ~ 伊賀越資料館 ~  田楽座わかや ~ かぎや餅店 ~ 蓑虫庵

 ~ 寺町通り ~ 伊賀肉金谷 ~ 芭蕉翁生家 ~ 上野市駅

西コースから東コースを上野市駅から約8kmを5時間をかけてゆっくり歩きます。

上野城は以前に訪れているので省きます・・・・・

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ペインティングされた伊賀鉄道。

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珍しい手書きでチェックされた乗車券。

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車窓からは、赤・黄・青の忍者のお出迎えです。

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近鉄連結子会社の伊賀鉄道、茅町駅で待ち時間にホームに降りて撮影。

この3駅が「うえのまち」歌詞に出てくる・・・・

                        

                  上野市(うえのまち)

                         作詞・作曲 西岡たかし

 

    私が訪ねた上野市 忍者屋敷の上野市 

    小さなお城の伊賀の町  静かな暮らしの上野市  

    くわ町かや町広小路 も少しゆられて上野市

 

    畑仕事のおかみさん 稲焼く子守の白けむり

    いねむりオヤジはリヤカーで 私のふるさとのこします

    くわ町かや町広小路 も少しゆられて上野市

   

    チンチン電車は満員で 学校帰りの高校生

    昔は走った丘蒸気 ヘアピンかわいいセーラー服

    くわ町かや町広小路 も少しゆられて上野市

 

    カギ屋の辻ならまちあわせ あの娘と歩いた数馬茶屋

    小さなお城の伊賀の町 静かな暮らしの上野市

    くわ町かや町広小路 も少しゆられて上野市

    くわ町かや町広小路 も少しゆられて上野市

                        

この歌が出た時の記憶は鮮明です、残念ですが全国的には流行らなかった・・・・・

今でも上野市の行事ではBGMに必ず流れます。

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上野市駅を降りて国道163からがウオークの始まりです。

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上野城のお堀に薄氷が張ってます、いつも観光で見るのは反対側のお堀。

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旧小田小学校本館では懐かしい教材がぎっしり並びます。

玄関はエンタシ風の柱・・・・

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こんな椅子に座りました、懐かしむ人は後どれだけ続くのでしょうか。

                        

ところで皆さん、2月の別名を 「 如月(きさらぎ) 」 と言うがその名前の由来は諸説あるが一番有力なのは・・・・

二月でもまだ寒さが残っているので、衣(きぬ)を更に着る月であるから「衣更着」といわれる。

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道に迷い「竹の道」を聞くと、「あの何でもない道」とオヤジさんのお言葉でした。

                       

ところで皆さん、少し息抜きを・・・・・

 僕の田舎に行くと今でも「 熊 」が出没する。

 私は夜メークを落とすと毎晩目の下に「 クマ 」が現れる。

と二人が自慢話?をしていました。 

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車が走る所が「鍵屋辻」、この界隈は見所満載です。

                          

ところで皆さん、今は使われる機会が少なくなった「数の単位」を少しウンチク。

 タンス:一棹(さお)  手袋:一双(そう)  箸:一膳(ぜん)  ウサギ:一羽(わ)

 イカ:一杯(ぱい)

イカ・カニは生きている時は「匹」、市場に出回る時は「杯」といわれる。

ウサギは獣を食べられない僧侶が二本足で立つウサギを鳥類とこじつけて食べた、又耳が羽根に似ているため。

タンスは江戸時代には棹に通して運んだ、今も棹を通す金具が付いている。

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上記で紹介した歌、「うえのまち」に出てくる「数馬茶屋」。

ここで仇討ちを成し遂げたのが渡辺数馬、そこから数馬茶屋となったのか?

茶屋のオーナー曰く、日本三大仇討ちで荒木又右衛門がここの茶屋で隠れて仇を待っていたそうです。

                        

ところで皆さん、ラジオでフランスのピアニスト 「リチャード・クレイダーマンさん」 の特集で彼が弾く名曲が流れていました。

ほとんど知っている曲が次から次と耳に入っていく、さて最後の曲はとワクワクと楽しみに待っているとそれは 「愛しのクリスティーヌ」 ヌヌ、私は知らない・・・・

イントロを聞いて私は安心、聞き覚えがあるぞ・・・・・

耳にイヤホンを装着しての畦道散歩です。

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伊賀の定番のお土産を左の手のひらに置き、もう一つを右手で持ち角でたたくと「かたやきせんべい」も楽に割れる。

忍者の保存食らしい、私たちは噛んでは絶対にだめ歯が折れます。

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製作過程も見学できる 「伊賀くみひも 平井」さん 店内にはたくさん並びます、女性必見です。

伊勢神宮のおはらい町にも出荷しているそうです。

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計算どうりお昼にここに到着、昔と雰囲気が違う・・・・・

お馴染み 「田楽座 わかや」 さん、15年前に立て替えられていました。

田楽をご飯の上に乗せて食べるてください、とそっと教えてくれる。

通常は串は16本ですが今日は17本も出てます。

                       

ところで皆さん、正月気分も抜けたでしょうね。

元旦に火鉢でお餅も焼いて占い遊びした記憶が・・・・焼いたお餅を二人でそれぞれ端をつかみ引っ張ってお餅がちぎれて大きい方がこの年の運勢が良いと喜んだ。

若い時代の楽しい兄弟での記憶です。

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田楽腹で「中之立町通り」にさしかかるとレトロな店舗に目と足が止まります。

店内は見ての通りの駄菓子屋さんの 「 かぎや餅店 」 さん、饅頭も製造販売していますつい財布の紐が緩みます。

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饅頭と金平糖も買って食べながら歩きます。

ここから蓑虫庵までの店舗に名物店があるそうです、歩く前に上野市駅前の「伊賀市観光案内所」で是非とも情報を収集して下さい、私は情報不足で店に寄れなかった。

その名物店には大変楽しい店主が居るそうですよ・・・・・

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芭蕉一番弟子の草庵である 「 蓑虫庵 」 の石碑にはあの 「 古池や蛙飛び込む水の音 」 と刻まれている。

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蓑虫庵から庭を見ています、ここを訪れた芭蕉が 「 みの虫の音を聞きこよ草の庵 」 上五をとって命名された。

そんなこと知らなかった蓑虫の繭の中で動く音が聞こえるんですか、繊細・・・・・

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昨年、すき焼きを食べに座敷に上がった 「 金谷 」 さんです。

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松尾芭蕉さんが29歳まで住んでいた 「 芭蕉翁生家 」 の表札は当然ですが 「 松尾 」 、こんな所に気が付くんです最近の私です・・・・・

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伊賀鉄道には 「 松本零士さん 」 デザインの忍者列車が走る、上野市駅前には松本零士さんのサインの入ったプレートが置かれている。

西岡たかしさんの「うえのまち」を口ずさみながらの「甚七郎の散歩道」・・・・

         くわ町かや町広小路 も少しゆられて上野市 

文化財の資料館巡りもお勧め、昔のままにまだ残る街並み、上野市の良さを再認識しました、お勧めですぜひ訪れてください。

                 K O N P E I T O U

杉林に風駈ける珍布峠

珍布峠と書いて「 めずらしとうげ 」と読みます、名前が不思議なので訪れてみました。

飯高道の駅から本陣跡をかすめ、国分け伝説の旧跡「珍布峠」や「礫石・つぶていし」を巡る自然豊かなアップダウンの少ない約5Kmの散策コースです。

一年でもっとも寒い時、朝起きると今日は風もなく「発作的めずらし計画決行」です。

飯高に住む昔の同僚で自称「熟女さん」にメールをすると、的確なアドバイスを受信する。

どうですか熟女さん、あの団体への入会には決心つきましたか?

さてさて、今日は何色の出会いに巡り合えるかな?

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飯高町も観光に力を入れています、各ポイントに案内板・史跡解説板の設置をしています。

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車は飯高道の駅に置いて、ウオーキングマップを調達しここから歩きます。

この道の駅には温泉もあり、地場産農産物販売でいつも賑わってます。

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どうですか、このしっかりした案内板を見ると感動しきりです。

やはりここは山間部、私の住むところよりはかなり寒さが厳しい。

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しばらく行くと街角博物館?に出会う、訪れてみると「リング模様の石」をたくさん展示しておりオーナーさんのお話しを聞く、発想が素晴らしい。

黒い石には白いリング、白い石には茶系のリングから出来ている、更に幾つかの疑問があり究明をしている。

ぜひぜひオーナーさんにお会いしてお話しを聞いてください・・・・・・

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石碑には 「左 れいふみち」 「紀州みち」 直進して紀州道を進みます。

この石碑には情報がかなり彫り込まれている。

 

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江戸時代に思いを馳せ紀州街道の街並みを歩く、間もなく林道になるが日が当たらないので寒い。

この近くには宿場跡もあり、時代を感じてください。

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今が切り干し大根の干し頃です、水で戻してお好みのドレッシングで生野菜とサラダも以外といける。

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小振りな花の桜?が咲いている、赤いのはピラカンサです。

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雨の降らない時期で水量も少し、舗装された川沿いの道。

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静寂とした杉林の中を歩く緩やかな登り道。

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ロマンの「道行橋」は、吉野を逃れ義経と静御前が通った、さて真偽の程は・・・・・

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神代の昔、伊勢の天照大神と春日の神様の天児屋根命(あまのこやねのみこと)がここで「あら珍しや」と出会い伊勢の国と大和の国の国境を決めたという面白い伝説の残る珍布峠。

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峠を過ぎるとすぐに石仏が・・・・

近くにミツマタが生えていて花芽がついている。

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冬日に照らされる櫛田川沿いの道に白い伊豆千両の実、あー気持ちいい。

この飯高は昨年永眠した知人の出身地で以前ここで活動していたと思うと感慨一入です。

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史跡解説板も随所にある、退屈しない。

ここから見える樹氷の名所・三峰山頂上付近は雪化粧のようだ。

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川中に礫石(つぶていし)、この石の神話はさて置き・・・・

ここに住む知人が投げた石が礫石に当たれば男の子・外れれば女の子が授かるといわれるので投げると外れた、がしかし生まれたのは男の子。

ここより上流で夏の増水時が楽しいとカヌーラフティングを興じた、カヌーはいつもの目線より低いので一味違います。

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紀州街道はほとんど舗装されているが、ここ礫石を左にとる道から珍布峠までは当時のままの街道ですと地元のお散歩中の水戸のご老公に教えてもらう。

紀州の殿さまが参勤交代で通った・・・・・

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飯高町はお茶の産地で茶畑が広がるコースを歩いていると成人式から帰ってきた振袖の女性が家族と玄関で記念撮影、両親がとってもうれしそう。

ざっと3時間で道の駅に到着です、起伏の少ないお散歩コースを満喫。

仕上げは道の駅温泉に浸ります、お土産には生椎茸・八朔を調達。

R166で帰る途中に、久し振りのKさん宅に寄ります、二人のお子さんの成長を見て時の流れを感じます、美人若奥さま共にお元気そうでなにより。

                 M I K I T H A N

アンダンテ26

伊勢平野を北西風が「旅ずきん」をかぶって吹き渡る・・・・・

私はニット帽をかぶって大仏山公園まで北風に押されてスニーカーウオークです。

その時のお気に入りスナップを見てください。

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昨年末に 「大瀧詠一さん」 65歳が急死したそうで、私は本当はこの方を知らなかったが偉大な人のようだった。

シンガーソングライター・作曲家などの肩書きをもつ、追悼の曲に「幸せの結末」 「さらばシベリア鉄道」 「小林旭・熱き心に」 が紹介されてます、ユーチューブで聞いてください素晴らしいですよ・・・・

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普段使われている言葉は複数形です、と言う事は単数形もあります。

       ・単数形     ・複数形    ・解説

          ダイ        ダイス      さいころ

          マラカ       マラカス     楽器

          タコ        タコス       料理

「ダイス・マラカス」は通常は2個で使用されます、「タコス」はアメリカ南部・メキシコの料理ですが蛸は入ってません。

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                   薄氷が張ってます。

                        

最近の事件で犯人逮捕のキッカケになったのが、「携帯から出る微弱電波」よりGPS機能による。

お手柄と思いますが、一般には知られてない事実なのに、今後の為にそこまで言わなくてもと思ったのですが。

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友人の「Kさん」と「Mさん」と世間話、すると・・・・・

船乗りをしていた「Kさん」はなんと鳥羽一郎さんと一緒に遠洋でカツオを釣っていた。

松阪在住の「Mさん」はなんと西野カナさんの近くに住んでいたのでカナさんを子供の頃から知っていた。

貴方の友人も有名人を知っているかも。

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最近、普及しだした 「LED電球」 を先端を触ってみる、すると熱くない。

触るのはLED電球だけです。

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夫と喧嘩した腹いせに、夫の下着と便座カバー・足ふきマットを一緒に洗濯した。

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続きです、娘に洗濯の件を打ち明けた・・・・

「え、お父さんの下着と・・・この便座カバーには絶対に座れない」

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最近見た映画三連発。

そのイチ・・・・「清洲会議」、三谷幸喜さんの作品は良く理解でき眠気もこない。

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そのニ・・・・絶対にお勧めです「ゼロ・グラビティ」。

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そのサン・・・・井上真央さんの変わり身に注目して下さい。

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ラジオ放送より・・・・

私の夫は結婚した約30年以来私のことを「オイ」と呼ぶ。

東北大震災、津波が襲ったとき私は高台に逃れたが、夫は津波に飲み込まれしまった。

その時、夫は私の名前を叫んで流されて戻らぬ人となった。

込み上げる悲しさ、でも私の名前を知っていたんだ・・・・・

震災に遭遇した人の本当の話です。

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又、訃報のお話しですが 「 やしき たかじん 」 さんは大阪では絶大な人気があるらしい。

以前飲み会で関西出身の人がいて、たかじんさんの話になると熱くかなりの時間を語りだした。

彼によると たかじん の「 じ 」にアクセントがあると教えてくれた。

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                「 となりの若い二人連れ 」

今日はクリスマスイブ、私と主人は結婚して15年目になる、二人で小ジャレたレストランでディナーをする。

となりの席には若いカップル、会話が弾んでいる。

しばらくするとプレゼント交換をするのかお互いにきれいに包装された小袋を渡す。

男性は紙を丁寧に外すとメッセイジカードが入っていて、字は見えないがビッシリ書かれている。

きっと 「私は貴方に出会えてよかった」 「二人でいろんな楽しい思い出を作っていきたい」 「来年のイブもこのテーブルに座っていようね」 と書かれているのだろう。

そして私たちもこの一年のページを開いてお喋りに花が咲く。

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マニアックコーナー。

スピッツの代表歌「ロビンソン」の題名は・・・・

それを作曲・作詞した草野さんがタイに旅行していた時にあった「ロビンソン百貨店」から命名した。

歌詞には「ロビンソン」というフレーズは一切登場しない。

仮タイトルが正式名称になった。

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吉本新喜劇コメディNo1の坂田利夫さんは歌も出している。

その歌は「アホの坂田」であの探偵ナイトスクープ最高顧問キダ・タローさんが作曲している。

ところが学校から坂田くんがいじめられるとクレーム、発売を自粛した。

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嫌いな人 「必ず人の話を否定してから喋る人」 近くに居ませんか?

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ラジオ放送より。

祖母が年明けのショッピングをすると、「サレ・サレサレ」とあちこちに書かれていると言う。

私がどんな字なのか聞くと、「SALE」と紙に書いた。

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麦畑です。

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春の使者、ロウバイです。

                H A R U Y O K O I

神島でモローモと出会う

      あけましておめでとうございます、本年もよろしくお願いします。

潮騒の神島へ 「 ゲーター祭り 」 の大晦日から元旦の行事に訪れます。

遷宮で賑わう伊勢神宮を横目に見ながら近鉄電車は鳥羽駅にすべりこむ・・・

大晦日のホームは子供を中心にした里帰りするのか家族連れが行き交う。

定期船に乗船して「神島スイッチON」に切り替える・・・・・

                    < 行 程 >

  一日目    近鉄鳥羽駅 ~ 佐田浜市営船 ~ 神島港 ~ 山海荘 

  二日目    神島港 ~ 佐田浜港 ~ 近鉄鳥羽駅      

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旅館の階段に掛けてあった写真です。

昨年は神島で大イベントがあった、人口500人の島に2000人サユリストが駆けつけた。

49年振りの島民との再会で 「 過去を振り替えことは好きじゃなく、撮影の場所を訪れることもあまりないが、島に戻って来れたのはみんなの力 」 と挨拶をした。

その後の交流会で小百合さん 「 撮影より皆さんと遊ぶのが楽しかった 」 ・・・・・

友人も2000人の一人、余りに人が多く定期船を次の便にしか乗船できずに神島に向かったそうだ。 

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神島港のすぐ隣りには神島を紹介する広場がある。

ここは三島由紀夫が書いた 「 潮騒 」 の舞台。

港の東、水仙の咲く小高い丘に三島がよく訪れた丘からは伊良湖半島が間近に見え巨大船が行き交う。

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持ち主が路上に置いていった巻貝とバケツの中にはナマコ。

旅館数が少ないので、今日お世話になる山海荘さんへは7月下旬に予約の電話をした。

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漁協玄関の壁には、ウド鈴木さんの「旅してゴメン」のサインが書かれている。

定期船は菅島経由、その菅島で7割くらいの人が降りていく。

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無風に近い、耳に聞こえる音はいつもと違う、車の騒音がない・・・・波の打ち返す音とカモメの鳴き声。

路上では男女の小・中学生が一緒にキャチボール、我らの昔の姿がここにはあるようだ。

旅館で知ったのだが、10月頃にアサギマダラの渡りの中継点のようだ。

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カワハギの煮付け・天ぷら・大皿の刺身などの夕食には大満足です。

日没近くに家や船に節分にする「大晦日の豆まき」、鬼は外福は内は同じ・・・・

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食事の最中に「福の神が参りました」と男の子が全家にお盆に載せたモローモを配る。

夕食を中断して玄関に直行し口上を聞き入ります。

モローモとは「物申す」が訛ったものらしい。

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モローモはミカンの上に5mm角のコンブを乗せ茅で巻いてシュロで結ぶ、元旦のミカン撒きで一個頂き正月中家に飾ります。

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ゲーター祭りのアワとサバを作る人気のない昼の漁協2階の大広間。

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一年を表わす12面柱・360の刻み目のサバを作っている。

夕食後、漁協2階に向かうと入り口でお神酒を強制的に飲まされ大広間に入場。

後ろの観光の夫婦連れは、男だけ入れて女人禁制で奥様は門前払い。

島民は観光客には寛容でここへ入る事や写真撮影もおとがめなし。

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掛け合いを楽しみながら老若の男集がアワを作る、酔いも回り大広間に威勢の良いはやし声が響く。

茶碗酒が頻繁に進めに回る。

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烏帽子をかぶった「宮持ち」の夫婦、こんな近くで見れる烏帽子の形をよくよく認識する。

伝統に包まれたこの空間に同席させていただき感謝します。

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東の浜で女竹でアワを突き上げる、直径2mでかなりの重量なのに大勢だといとも簡単に空に舞う。

アワを上げる時間はあっけないほど短い。

アワを突き上げる人と観光客は以前は2倍くらいはいたそうだ。

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里帰りの4人姉妹に導かれて日の出ポイントへ、雲が多い中の初日の出。

その内の一人は私の近くに住んでいるらしく、私の散歩コースの公園に子供と来るらしい、公園での再会を誓って?・・・・

元旦8時からのお神酒の振る舞う行事には、約30名全員が紋付袴でお出まし、さすが神話の島ですね全員が紋付袴とは・・・・・

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大晦日から元旦にかけてのゲーター祭りの行事をこの目で確かめ神島に浸ります。

なかでも私にとっては「モローモ」の言葉の響きと、全体の神秘的な形が新鮮でした。

神島を一周のんびり歩くのもお勧めです。

8時35分の定期船で鳥羽佐田浜港に向かう、そして私は日常への帰還。

皆々様が今年も良い年でありますように、そして健康でありますように。

                             

                    S A Y U R I

さー吉本へ行こう

笑いの殿堂吉本新喜劇 「 なんばグランド花月 」と「 スイスホテル南海大阪 」で昼食、それと浪速の雑踏の散策です。

2年連続の12月の吉本観劇です。

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吉本興業の本拠地にある日本を代表するお笑いの劇場、若手・中堅・ベテランが登場する漫才・落語・吉本新喜劇などの構成で、おなじみのギャグや大阪の笑いを生でたっぷり楽しむ・・・・

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劇場近くのドギツイ看板、見れば直ぐわかるたこ焼き屋。

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ところで皆さん、大阪という事で豊臣秀吉さんのミステリー話を・・・・

秀吉と官兵衛のコンビが天下取りにおどり出たのは「本能寺の変」の後だった。

1582年6月2日に明知光秀の謀反により信長は討ち取られた。

秀吉は髻(もとどり)を切って信長の弔い合戦にのぞむ決意を示し13日に「山崎の戦い」で勝利をおさめた。

変の報を受けてわずか10日で備中高松城の水攻めから和議を結んでの電撃作戦、秀吉・官兵衛の手腕と評されるが事前に準備なしでこんなことができるだろうか。

当時は道幅が狭く橋もかかっていない、5日間で約3万人の大軍の200Kmの馬・徒歩・船に分かれての移動は容易ではない。

それなのにこんな芸当ができたのは、本能寺の変が起こる事をあらかじめ予想し、手はずを整えておいたとしか思えない・・・・・

さて、高松城から「中国大返し」ができるように道路・橋・兵糧・船などの仕度を整えていたのでは?

貴方の歴史推理はどのように、、、本能寺の変・秀吉陰謀説が歴史を動かしたか。

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桜と大阪城のカラーマンホールの蓋。

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千日前の道具屋筋、通路にこれだけ並べるのは消防法では摘発と思いますが?

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「 スイスホテル南海大阪 」 でのランチは36階の 「 タラボ36 」 に・・・・

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147mの高層ビル、この様なバイキングをお皿に・・・大阪は見放題。

                       

ところで皆さん、この方は誰でしょう?

                   「 半沢 花さん 」

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ちょっとレベル高そう、値段もかなり高い3千円後半です。

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日本一高いビル300mの 「 あべのハルカス 」 は、開業は間もなく。

                       

ところで皆さん、電車の後部座席からこんな会話が耳に入ってきた。

「〇〇さん、手術してヘルスメーター入れたそうよ」  「それで元気なんだ、最近のヘルスメーターってうまくできているみたいね」

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14:30開演、平日なのに混んでます。

                       

ところで皆さん、「い〇せさん」の借用書の数字見ましたか?

「5000万円」と書かれていた、常識的には 「¥50、000、000ー」 と借用書には書くと思うのですが・・・・・

どう思いますか、政治家と医者が交わす証文ですよ。

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劇場の土産物屋・・・さすが、この味には手が出ません。

                       

ところで皆さん、クリスマスネタを・・・・

夫が帰宅するなり 「ほおー、うちもクリスマスのイルミネーションをしたのか」。

私は「2個の門灯の電球が切れかかって、ともったり消えたりしているだけです」。

本当は分かってるくせに・・・・・

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開演前の2階席です。

今日の新喜劇の座長は 「辻本茂雄さん」 笑います。 

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ラーメン屋の竜の看板、どんな味なのか。

終演して外へ、冬至間近で日暮れは早い。

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道頓堀のネオンを横目に帰路につきます。

今年の笑い収めという事で・・・・  皆様、良いお年を。

                  K O N A M O N

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